サウナ スパアルプス

富山県のサウナ スパアルプスへ宿泊したのでメモ

場所は富山駅からは離れているが富山地方鉄道大泉駅から徒歩で行ける距離にあるので鉄道旅行でも行くことができる。駐車場完備なので車でも問題ない。

受付は靴ロッカーの鍵を預ける方式。館内での買い物はロッカーキーによる退館時の精算なので財布を持ち歩く必要はない。着替えスペースにある自販機は非対応なのが残念。

館内は2Fで構成されていて1Fはお風呂、2Fが休憩スペースといった配置。

ロッカーは縦長のものなのでカバンを入れてジャケットをハンガーにかけても余裕はある。少し横幅が狭い気がする。

基本的なアメニティはすべて揃っているので手ぶらで来館も可。またフェイスタオル、館内着は自由に使える。

ロッカースペース、浴場、サウナすべてが広いので圧迫感は少ない。 蛇口の数は少なかったけど特に待ちが出るほどではないので問題はない。

サウナ室の内部はひな壇の横にサウナストーブがあるという珍しい形。室内は90℃前後だが頻繁なオートロウリュにより湿度が高く汗は十分に出る。

水風呂は水温計がないので正確な温度はわからないが地下水で十分に冷たい。飲むこともでき、飲むための蛇口もある。

外気浴のできるスペースもあるがあまり広くなく環境はそこまで良くない。雪が降っていたらおもしろいかも。

2Fの休憩スペースは広く分煙されている。休憩用の椅子、仮眠用のスペースともに十分な数がある。また女性専用仮眠室もある。

館内で食べられるごはんはおいしい、富山らしく刺し身の盛り合わせなんかもある。

カプセルホテルとしての機能はメインではないようでカプセル自体の数は少ないが宿泊者が少ないか仮眠用スペースで一夜を明かすようなので稼働率は高くなさそう。

カプセル自体は一般的なものなので特に書くこともない。

北陸にはあまりカプセルホテルがないなか富山にある珍しいカプセルホテルなので雪の季節にまた行きたい。さうな

源泉かけ流しの湯 湯殿館

山梨県の温泉施設湯殿館へ行ったのでメモ

サウナ室自体の室温は80℃だが頻繁なオートロウリュによりかなりの暑さを感じる

水風呂には水温計はないがかなりの冷たさを感じる。 また深めと浅め、2種類ありいろいろな体制で水風呂に入ることができる。

室内には作り付けの椅子がありまた露天スペースにも椅子はないがすのこのようなものがあるのでその上で座ったり寝っ転がったりできととのうことができる。

お風呂は水風呂以外すべて温泉の源泉かけ流し。 飲泉用のコップもあるので飲むことも可能。

また露天風呂は打たせ湯的な使い方もできる。

基本的なアメニティ、タオルと館内着が全て揃っているので手ぶらでの来館も可能。

漫画や雑誌がおいてある休憩室にはリクライニングチェアとゴロンとシートのようなsペース有り。 また2階の大広間でも寝っ転がることができる。

山梨県には河口湖エリアにはゆらりや桜庵、そして交付エリアにこの湯殿館と良サウナが多いので気分や目的で使い分けていきたいと思う。

サウナに行ったあとに家で風呂に入るかどうか

ここ最近サウナによく行く。週一回は行くと決めているわけではないので週に数回行くときもあれば数週間行かないこともある。

サウナに行ったあとに家に帰ってから再び風呂にはいるかどうかで悩んでいる。

夕方に行き自宅での入浴の代替として入ったのならば迷わずに入らないという選択をできる。 悩むのは午前中や午後の早い時間に入ったときだ。

サウナに入ったあと再び汗をかくような行動をしていたら帰宅後に入浴することに躊躇はない。 一番悩むのは特に汗などかかず身体がそこまで汚れてなさそうなときだ。

入浴というものは清潔になると同時に身体に必要な油分も奪ってしまう。 過剰な油分はニキビなどのトラブルを起こすが、油分が少なすぎてもまた乾燥肌などのトラブルを起こす。

このような場合あらかじめルールを決めておきそれに従うのが無駄な消耗を避けるのに良さそうだ。 そしてルールはきちんと明文化しておいたほうがいいのでサウナに入ったあとに家での入浴について以下に記す。

なお下記のルールについては私が私のために制定したものなので私以外が従う必要はない。

サウナ入浴後自宅での入浴について

  • サウナに入った当日は自宅での入浴はしない
  • サウナ後に汗をかいた場合にはシャワーのみ浴びる
    • このときボディーソープ、シャンプーわ使わずぬるま湯で流すだけにする
    • 洗顔料は使う
  • 入浴後のケアはきちんとする

とりあえずは上記のように運用していき、不具合が出たらその都度更新していきたいと思う。

新東名と新名神の新規開通区間

先日京都に行った時にタイトルに有る区間を通ったのでその時に感じたことを書いておく

新東名の新規開通区間

まだ知られていないのかほとんど車が通っていない。新東名なだけあって走りやすい。ジャンクションにある照明が道路の横にあるタイプでちょうど目の辺りにきて眩しいのだけが気になる。

上りは海老名からの渋滞に巻き込まれたがほとんどの人が伊勢原ジャンクションから新東名に向かわないので新東名はとても快適であった。

東名が渋滞していると海老名ジャンクションも渋滞するので圏央道を八王子方面に行くときは右側車線を走りましょう。

新名神の新規開通区間

走りやすい。

ただ伊勢湾岸が6車線なので6車線で作ってほしかった

髪の毛が伸びた

髪を伸ばし始めて約1年ほど経つ。

1年間全く切っていないというわけではなく変にならないように3, 4ヶ月に一回は切っているが自分の人生の中で一番髪が長いのは確実だ。

髪が短いままでは気づかなかったこともいろいろあったのでそれらをまとめていく

髪を結ぶと涼しい

今の髪の長さはだいたい後ろ髪全体が肩につくくらいの長さだが首筋が結構暑い。

同じような髪の長さの人が結んでいるのを見てそれ意味あるの―?って思っていたがとても意味があった。結ぶと涼しい。

これと関連して真夏でも長い髪を結んだりせずにいる人は暑さに耐える能力強いんだな―って思うようになった。

ハーフアップは楽

それ意味あるの―?と思っていたハーフアップ、ちょっと下を向く作業なんかをする時に髪の毛が落ちてこなくて楽だとわかった。

今の髪の長さだと髪の毛が落ちるのを防ぐだけなら全部結ぶよりハーフアップのほうが楽ちんだったりする。

きちんとケアすると割とすぐ答えてくれる

皮膚は細胞のターンオーバーの関係でケアしても効果があらわれるまで2, 3ヶ月はかかるけど髪の毛は死んだ細胞なのできちんとケアすると2, 3日で効果が現れてくる。

今までオーバースペック感のあったイイスタンダードのシャンプー, コンディショナー, ヘアセラムとヘアオイルが実力を発揮してくれてる感じがある。

ツヤツヤの髪の毛は触ると気持ちいい

きちんとケアをしてブラッシングをした髪の毛は触っているととても気持ちがいい。

手持ち無沙汰になった時についつい触ってしまっていて合コンで暇な子が髪の毛いじったりモデルがとりあえず髪の毛触ったポーズをする理由がわかった気がする。

思いつくまま書いたが結んだら涼しい, じゃまにならないはウィッグで再現できるがケア関連のことは自分の髪の毛でないとわからないことだったと思う。

とりあえずヘアドネーションできるくらいまでは伸ばしたい。

イイスタンダード ヘアセラム 120g

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イイスタンダード ヘアオイル 50ml

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運転ではなくドライブが下手だ

車の運転が好きだ。しかしドライブは下手だと思う。

ドライブと運転することは違うものだと考えていて、運転は車の操作方法について、ドライブは運転をして目的地に行くことだと考えている。

こう書くと目的地にたどり着けない方向音痴なのかと思われるかもしれないがそんなことはないと思う。目的地にたどり着けることは問題ない。 しかし、目的地に到着するまでの行程が下手なのだ。

具体的に言うと休憩のタイミングがわからなかったり、目的地までの間に別の目的地を挟んだりすることができない。

休憩は2時間毎にとるのがいいとJAFに書かれていたので実行しようとしてもなかなかできない。また帰ってきてからあそこに寄っておけばよかったなど思い出すことが多いので別のところによることもなかなかできない。

休憩については時計を見るのではなく、タイマーなどをセットしたほうがいいかもしれない。別のところによることについては予めスケジュールを組んでおくといいのかもしれない。

それと、運転は少なくとも下手ではないと私自身は思っているがもしかしたら下手なのかもしれないけどそういったものをうまく数値化できないのももどかしいのでマツダのi-DM的なものが車に外付けできたらいいと思う。

犬が家からいなくなった。

先日飼っていた犬が亡くなった。今まで3匹の犬を飼っており累計で25年近く犬と一緒に暮らしていたらしい。

最後に飼っていた犬がいなくなると精神的に寂しく、また小型犬といはいえ物理的にも寂しい。 食事で居間に行った時にテーブルの下にいないとはわかっているのについみてしまう。

私たちがいい飼い主だったとは言わないが、三匹とも寝たきりなどにならずに亡くなってしまったのでそこのところは良かったと思う。

一匹目はなんだかよくわからないまま亡くなってしまい、なんだかよくわからないまま骨になってしまったのであまり悲しみに暮れるということがなかった。また私の年齢が若かったからかもしれない。

二匹目、三匹目は2017年、2018年と立て続けに亡くなった。

二匹目の時ははこの歳になって声を出して泣くことがあるのだと自分でも驚くくらい泣いてしまった。

またペットロス的な症状に陥りそうになりそういった関連の本を読もうと思ったが内容があまりにスピリチュアルにまみれているので幸いにもお世話になることがなかった。

三匹目はつい先日亡くなった。

私の中では二匹目ほど悲しみに暮れることはないだろうと思っていたがそんなことはなく駅のベンチでとても泣いていた。

この文章を書いている間も涙が出てきている。

思い出すと悲しいから思い出さないようにしようと思っていたが気持ちの整理をつけるために書いている。

一匹目と二、三匹目で私の中で一番変わったことがある。それは写真を撮るようになり犬を被写体としていたことだ。

このことが私の中に拭い去ることができない嫌悪感を生み出してしまった。その理由は2つある

1つ目は亡くなったのが悲しいのではなく被写体が一つ減ったから悲しんでいるのではないかということ。 2つ目は亡くなった、ということすらも記録しておきたいと思ったことだ。

1つ目についてはそのままなので2つ目について詳しく書く。

人が死んでも犬が死んでも生活の中で普段起きないことがたくさん起きる。葬儀会社に連絡したり遺体を火葬場に送るのを見送ったり。

そいういった出来事を第三者の視点で記録したいと思ってしまった。結局はしなかったが大事なものの死ですら創作に使ってしまおうとしているのかと考え、このようなことが思い浮かぶなら写真なんて撮ってるんじゃなかったとも思っていた。実際二匹目が亡くなってからしばらくは撮影をほとんどしなかった。

三匹目が亡くなったあと、母親に一匹目と違って二匹目と三匹目は写真がいっぱいあってよかったというようなことを言われた。こちらは辛く当たってしまったのになんでそんなこと言ってくれるんだよと思った。

だからこれから、家族を撮りたい。モデルになってっていうのも恥ずかしいし相手も恥ずかしいかもしれないけど。元気な時の写真を残しておけば病気で寝たきりになったりしても元気な姿を思い出せると思うから。

最後に、ゴン吉、環、ちゃぱぁ、ありがとう。